人に勧めたくないインド映画の話 ー『ドゥランダル作戦』を見たー

  • URLをコピーしました!

7/10に公開されたインド映画『ドゥランダル作戦』を知っていますか?

実在のテロ事件を題材にしたノワールアクション映画です。
インド政府からの要請で身分を偽りパキスタンの黒社会に潜入した主人公が、テロ組織の情報をインドに流そうと諜報活動に励む物語。

まず、R-15指定なだけあってゴア表現がキツい。
人間が木っ端微塵になって肉片が吹っ飛ぶような映像に拒否感を覚える人は本当にやめた方がいいです。かなりグロい。
ですが、それ以上に私が「グロい」と感じた要素があります。

ヒンドゥーナショナリズム(ヒンドゥー民族主義)を肯定し、イスラムフォビア(イスラム嫌悪)を煽る内容でありながら、それをアクション映画として格好良く描き出していること。

要はプロパガンダ要素がある。
インドの情勢について詳しいわけではないのですが、それでも「ウッ」と目を背けたくなるような物語です。
現実を切り取って脚色していることに留意すべきかと。

この映画を“初めてのインド映画”にしようとしている人がいたら、ちょっと考え直してほしいな……とインド映画好きとしては思います。映画としては面白いけど、内容が過激すぎるため。

目次

インドとパキスタンの関係をダークに描く

ヒンドゥー教国家であるインドとイスラム教国家であるパキスタンの仲が悪いことは有名だと思います。(印パ分離とかで調べてみてほしい)
現在も国境付近では度々衝突が起きており、帰属で揉めている地域もあります。
インド映画(とくに北インド)を観るなら知っておくと理解が早いです。

インドに入国するにはビザが必要なのですが、申請する際は「パキスタンへの渡航歴はありますか?」「親族にパキスタン人はいますか?」等の質問に答える必要があります。まぁそのくらい厳しい。
で、元々そんな感じでギスギスしているなか、インド国内では20世紀から“ヒンドゥーナショナリズム”と呼ばれる政治思想が広がっている。(現在の与党もこの系統らしい)
めちゃくちゃ平たく言うと、ヒンドゥー教でインドを統一しようという動きである。

まぁインドは広いので、インド人といっても少数民族とかいろいろあるし、同じヒンドゥー教徒であっても宗派やカーストによる分断は存在するので、インド人がみんなこれに傾倒しているわけではない……はず。

一方、パキスタンはイスラム教ということで多神教であるヒンドゥー教とは相性がよろしくない。
日本でもイスラム教に対して良いイメージを持ってない人も少なくないと思うのだが、この『ドゥランダル作戦』はそれを助長しかねない内容だと思う。

テロリズムの否定自体は良い。
しかし、インド政府からのスパイVS政界と癒着したムスリム系テロ組織という構図にヒンドゥーナショナリズムとイスラムフォビアを掛け合わせたら、かなり危ういプロパガンダになりませんか?
元々そういう思想を持ってない人でも傾きそうになるくらいの力があると思う。
それって怖くない?私は怖かった。

実際の音声使うのはやりすぎだろ!

さらにタチが悪いのが、これが完全なフィクションではないところにある。

作中で起きる大きなテロ事件は実際に起きたものだし、テロ組織も実在する。実在の人物がモデルになった登場人物も出てくる。
なかでもいちばん怖かったのが、中盤のムンバイ同時多発テロが起きるシーン。
なんとここでは実際の音声が流れる。
テロリストと人質の、生々しい会話が。

私は鑑賞後、このシーンをふとしたときに思い出してしまいゾッとした。昔の事件や事故のwikiを読んで眠れなくなるタイプの人間なので。

該当のシーンにて、敵組織に潜入中の主人公は、首謀者であるテロ組織の人間達が、この惨劇を笑いながら見ている様に立ち会ってしまいます。彼らに協力してしまったこと、テロを防げなかったことに酷く傷ついてしまう。
物語としては残酷なテロリストを許さない、という決意を固めるシーンです。
しかし「異教徒は全員殺せ」等の過激なやり取りも流れるため、テロそのものに加え、過激なムスリムの姿を強調し、嫌悪を煽るシーンでもあると思います。
実在のムスリム系テロ組織がそうなのであれば誇張でもなんでもないのかもしれない。でも、イスラム教自体への嫌悪を煽るには十分すぎると思う。

これがインドでヒットしている現実

インド人が主人公のインド映画としてお出しされている事実がもうだいぶグロいと思うんですよね。

元死刑囚でスパイなのに、どこか善性を感じる主人公のキャラ造形もあって、我々観客はどうしても作中でテロ被害を受けたインド側に肩入れして見てしまう。

死刑囚に生きる目的を与えるという建前で“死んでも困らない人材”として危険な隣国の黒社会にスパイを放つ作中のインド政府もだいぶ黒いと思うのですが、この辺りもインド人の観客達はどう感じたんでしょうか。

後述しますが、この作品は映画としても優れていると思います。
だからこそ、映画の力を信じすぎというか、そこに過剰なプロパガンダを載せたらどうなるのか?という実験を目の当たりにした気持ちになります。

さらに、インド本国でヒットしたということは、今後これに影響を受けた作品が流行るかもしれないということ。個人的にはこれが怖いです。
ストイックな魅せ方や題材の採り方が似ているくらいならいいけど、ド直球のプロパガンダが流行ったらキッッッツいな……と思います。
社会派の要素を入れるくらいならいいけど、それなら尚更エンタメ・アートとしてフラットな立場でいてほしいというか。メッセージを発信するにしても平和的なものであってほしいです。

正直、この作品のような偏り具合だと、どんな顔して観ればいいかわからない。
映画という、芸術を表現するためのフォーマットで、大衆に訴求しやすい媒体でやっていいことだと思えない。
私はこれは禁じ手だと思う。

映画として綺麗だからこそ怖い

散々ネガティブなことを書きましたが、映画としてはよくできてると思います。

インド映画といえば歌やダンスにスター俳優と過剰なエンタメ演出で華やかな魅力がある……そんなイメージを持っている方も少なくないと思います。とくに、日本でも人気のヒンディー語映画(通称ボリウッド)やテルグ語映画(S.S.ラージャマウリ監督作等)はエンタメに振り切れた作品も多いですし。

しかし、『ドゥランダル作戦』はエンタメに強いインド映画のフォーマットを活用しながらも、実在のテロ事件を扱った作品のためか、その作劇や画面作りは華やかさを抑えてストイックな作りになっています。

「韓国ノワールが好きな人は気にいるかもしれない」というレビューも見かけました。私は韓国作品には詳しくないのでなんとも言えないのですが、少なくともインドにおけるスパイアクション映画にしては仄暗い印象を受けました。

もちろん、かっこいい音楽に合わせて銃撃戦が繰り広げられるとか、結婚式のシーン等違和感のない形でダンスシーンを入れて華を添えているとか、豪華なキャスティングによる存在感溢れるキャラクター達とか、そういったインド映画らしい楽しさもちゃんとある。

まぁだからこそタチが悪いのだけど。

でも、題材と描き方からすると無邪気に「ハードボイルドでカッコいい〜!」とか言っていられない作品だと思います。深く捉えすぎかもしれないけど、私は怖かった。

人に勧めたくない名作かも

上記の理由から、人に勧めたくなさすぎる。
でも観て「駄作。クソ映画」と一蹴できる感じでもない。
(続編の日本公開も決まっているので、それ見たら評価変わるかも)

ゴア要素、プロパガンダ要素、実在の事件を題材にした胸糞表現。これらに振り回されずに鑑賞できる強いメンタルと知力のある方には挑戦してほしい。そんな映画。

日本語字幕はインド映画ファンの間ではお馴染みの藤井美佳さん。今回も美しい言葉選びが楽しめます。

また、今作は206分という長尺のため、劇場上映の際に10分間のインターバルが設けられています。尺が長い上に過激な内容のため、ひと呼吸置ける時間があるのは大変よかったです。
3時間を超えるインド映画すべてに5分〜10分の休憩を義務づけてほしい。
長尺のインド映画は休憩がある前提で構成されているので、制作側の意向に沿うという意味でもお願いしたい。(とくにプシュパ2は尺が長すぎ&休憩前提の作りなので終盤かなり胃もたれした)

最後に、この映画を見てから口直しに観たいなと思った映画を挙げて終わります。

まず、『バシュランギおじさんと、小さな迷子』
インドとパキスタンの対立が題材でありながら、『ドゥランダル作戦』とは真逆のハートフルなヒューマンドラマ。インド人の青年が、パキスタン人の迷子を家族のもとへ送り届けようと旅をするお話。宗教と政治の対立を超えて人間の善性を描く、祈りにも似た優しさで満ちた映画だと思います。

次に、『ツーリスト・ファミリー』。こちらはスリランカからの不法移民を題材にしたタミル語映画です。これもお隣スリランカで起きた政治的な混乱が背景にありながら、スリランカ人とインド人の心温まるご近所付き合いが描かれています。印パ対立とは無関係な題材ですが、口直しに見るなら北の国境から離れるのもアリかなって。

最後に、『ストリートダンサー』
ロンドンを舞台に、インド系とパキスタン系の移民の若者達がダンスを通じて友情を深めていくお話。ロンドンにおける移民問題や貧富の差にも切り込んでいる。
印パ対立自体は深く取り上げてないけど、英国が舞台であることやインド人とパキスタン人の友情がメインという点に歴史的な背景が窺えます。
青春モノなのでハッピーエンド、ダンスのレベルも高く画面が華やかなので、元気がほしいときに観たい映画。

あと、ヒンディー語スパイアクション映画としては定番のYRFスパイ・ユニバース
こちらも印パ関係に触れた作品が多いものの、エンタメとして見やすい範疇に収めていると思います。

興味があればこれらもぜひ。ゴア表現等を理由に『ドゥランダル作戦』の鑑賞を断念した人にもお勧めです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次